あおもり漁連の歴史

昭和24年~30年 困難を極めた創設当時

製氷、市場整備を推進
 青森県漁連は、終戦5年目の昭和24年2月25日に水産業協同組合法が施行となり、24年9月10日創立総会を開催した。理事に田中助蔵氏、松尾常助氏など21人を選任、理事互選の結果初代会長に田中助蔵氏が選任された。10月26日設立許可された。 本部に三部七課一加工場を置くことになり総務部(庶務課、指導課、経理課)事業部(販売課、購買課、施設課、加工場)市場部(市場課)をもって構成された。

しかし、戦後の経済事情の混乱や統制撤廃による価格の変動に加え県内漁業の不振は、漁民の金詰まりをいっそう深刻化させ購買事業、販売事業は困難を極めた。県漁連も新発足のため資金難にあい、初期の目標達成には至らなかった。しかし極力生産者団体本来の使命達成に努めた。

24年には、陸奥湾野辺地双子島沖にまれにみるホタテ稚貝の発生をみて、急遽漁業権を有する湾内各組合をして稚貝約1億枚を地先に移殖した。25年には、部制を廃止して三部を七課に、一加工場を五課に統合した。またこの年、農林漁業組合連合会整備促進法の適用を受けることを臨時総会で承認。漁連整備5か年の第1年度に当たり、増資および固定化債権の回収に重点をおいて活動を行った。しかし資金難はまぬがれず苦しい経営が続いた。

26年11月の臨時総会で理事21人から11人に、監事五名から4名に改正、27年5月の通常総会で新会長に松尾常助氏が選ばれ、新体制でスタートした。またこの年、多年の懸案であった新製氷冷蔵庫建設計画が認可され、県漁連再建に一大転機をもたらす。さらに漁業権免許料撤廃および水産部在置問題で、2回にわたり漁民大会が招集され、県民史においてかつてない多数の漁民が参加、ついに大会の主旨を貫徹し”漁民ここにあり”の意気を昂揚したことは意味深いことといえる。29年には魚市場の増改築工事が完成し、漁連の単独開設が認可となり、正常な魚市場として発足、また再建整備も明るい見通しとなった。